「ヌーヨークの冬をなめんなよ!」

この3ヶ月、私が一番耳にしたセリフである。知り合いから、友達から、雑誌や本にいたるまで、異口同音に繰り返す。あーもうわかったから!と逆ギレしそうになるのは、私が根っからの夏女だからである。自慢じゃないが、旅行で一度たりとも「暑いとこ」以外の場所に行ったためしがない。おまけに重度の冷え症。花粉症と冷え症は、体験した人でないとつらさが伝わらないのが悲しいが、冬に私と握手した人はあまりの手の冷たさにギョッとする。そんなクールビューティな私である。寒いとこには行かないに越したことはない。それが幸せなの、きっと。そうだと言って。

さて。今の部屋が異常に寒い、と気づいたのは11月に入ってからである。以前、我が家が寒いという話を書いたけど、あの後すぐにわかったのが「電気の供給量が決まっていて、許可が下りないと暖房を入れられない」という大家の話が全くの嘘だったということだ。うちはシェアハウスといって一軒家の1フロアを賃貸に開放していて、言ってみれば下宿みたいな感じだ。電気代は家賃にコミなので、当然電気代は大家持ち。こうしたシェアハウスでは、大家が電気代をケチって室温を上げないケースがよくあるらしい。やられた。他の友達のアパートが暖房ガンガンきいてるから、おかしいと思ったんだよなあ。

しかも、我が家は2階正面にある部屋で、1ルームの3面が窓になっているのだ。つまりサンルームのような造りで、窓がなんと10枚もある。9月に来た時はなんて気持ちのいい部屋だろうと思ったけど、窓が多いとそれだけ室温が下がるわけで。ようやく暖房が入って、階段やキッチンなどの共同スペースは暖かいのに、廊下から部屋に入るとゾクッとするほどヒンヤリするのに気づいた時には遅かった。窓という窓に保温のためのビニールを貼っても効果なし。気温はどんどん下がり、指がかじかむ日も増える一方…。

そして、とうとうその日が来た。日本でもニュースになった、あの12月のブリザードである。ちょうどその頃、私は渡米後に熱心に売り込んだ企画が実りつつあった大事な時期で、なんとかいい仕事にしたいと必死だった。そして、時を同じくして東京で長くおつきあいしていた仕事関係の人が出張でヌーヨーク入りすることになり、案内役もかって出ていた。寒いからといって部屋に閉じこもっているわけにはいかない。まさにバッド・ニュース★グッド・タイミング。

気温マイナス12℃。ぶくぶくに着込んで帽子をかぶってマフラーぐるぐるに巻いても、唯一表に出ている目のまわりの皮膚がナイフで切られるように痛い。前から顔に叩きつけられる吹雪に息ができなくて、ヒュウヒュウ言いながら必死で息をする。そんなところで仕事である。例えて言えば、八甲田山で遭難しながら「やっべ、5分遅刻だ!」と心配したり、流氷の間に落っこちながら「今日の晩ご飯、何しよっかな」と考えたり、巨大アイスクリームの中に埋もれながら「今回の作品で一番大変だった点は?」とインタビューしているようなものだ。普通よりドスーンと下がりまくったテンションを仕事用まで持ち上げるまで、こんなにエネルギーを使ったことはかつてなかったと思う。

そんな天気でも電車は普通に動いて、人々は普通に会社に行って、お店は普通に開いて、舞台は時間通りに開幕する。何よりそのことにショックを受けた。まじで?大雪だよ?30cm積もってるよ? いや、旅行者や学生ならまだヨシとしよう。でも私はフリーのライターだ。仕事がある時は出かけなきゃいけないし、ソーホー稼業は一度出かけたら仕事が終わるまでずっと外だ。おまけにグッタリして帰宅しても、部屋は「ヒンヤリ」である。普通に生活しててホワイトアウトになる街の、こんな凍える部屋で、私はこれから仕事していくのか。自分は何をやってるんだろうと、我ながら「何もそこまで」と思うほど見事なヘコミっぷりだった。

でね、人間って不思議なもので、トコトン落ち込んだら今度はハラがたってくるわけですよ。なんで私が落ち込まなきゃいけないんだ(純粋な発見)→だいたいヌーヨークが寒いのがいけないんだ(言いがかり)→こっちは大枚はたいて来てるわけだし(意味のすり替え)→みんながヘンなんだ(開き直り)→そもそもこの部屋が悪い(目からウロコ)→いざとなりゃ冬の間帰国すりゃいいんだし(新たな選択肢の発見)→引越すりゃいいじゃん(未来の始まり)

…ということで引越、決まりました。がはは。

今回の吹雪で、なんというか、ハラがすわったなあ。これまでは「ダメなら日本に帰りゃ仕事もあるし友達もいるし」と甘く考えていた。30代半ばで必死になるのもカッコ悪いし、みたいな気持ちもあったし。でも、あんな寒さ経験したらね、そんなことどーでもいいわけ。憑き物がとれたみたいなスッキリ感なわけですよ。こうなったら行けるとこまで行ってみるさ。行けばわかるさ。そうだよね、イノキ?

渡米3ヶ月。アキエダはまたひとつ大人の階段をのぼりました。

▲(写真左)「ブーリーザード、オ、ブリザード♪」なんて陽気にしているのはユーミンだけ。カラオケで嬉しそうに歌っていた頃が懐かしい。本物のブリザードの猛威を知った今、永遠に封印いたしましょう。
▲(写真右)ラスト・サムライ公開前後がピークだった。「Today's Show」に生出演した渡辺&真田氏を見に行った朝も、こぼしたコーヒーが終わった頃にはベリリと凍ってはりつくほどの寒さ。いやあ〜北国の人、まじリスぺくト!

★☆ 最後の「今週のイノキ」 ☆★

学生が多いヌーヨークで、三十路で定職にもついていない私はアパートの中国人たちのいい噂のタネ(中国語でも、自分の話をしていることは不思議とわかる)。ヌー残留組のイノキ妻とイノキJr.は私の引越を聞きつけたらしく、いつも私の話をしている。話してくれ、ああ思う存分話すがいいさ!! でもイノキがいる時はキッチンを占拠する勢いで料理していたイノキ妻も、息子だけだと手抜き放題。そーゆーとこは世界共通なのね、と妙に納得。余談ですが、イノキが帰国した12月1日。当HPで過去最高アクセス数を記録しました。みんな、わかりやすっ。