ライターとして、仲間として、友人として私とつきあってくれた皆様、そしてこのサイトに遊びに来てくださった全ての物好き(?)な方々へ。

こんにちわ。アキエダです。

このたび、ヌーヨークから日本へ帰国することになりました。7月1日にJFKを出発し、2日からはふたたび日本生活が始まります。まずは業務連絡。ヌーヨークでの連絡先をご存じの方は、6月いっぱいで電話はつながらなくなりますのでご注意を。メールアドレスは今まで通りです。7月中は東京で仕事をし、8月は実家で夏休み。本格始動は9月からというのがざっくりしたスケジュールです。

10年間住み慣れた高円寺を飛び出し、ヌーヨークに来たのが03年9月。たった1年ですが、ずいぶん昔のように感じられます。予定していたレギュラーの仕事が渡米直前にことごとくキャンセルになるなど、思えばスタートから波乱含みでした。既にアパートは引き払った後だし仕事もやめちゃったし、時は送別会まっ盛り。盛大に送り出されればされるほど「今さらどないせいっちゅーねん!」と、かなりトホホな状況ではありました。でも幸いビザは5年有効だったし、住む場所も、私の渡米を楽しみにしてくれている人もヌーにいて、せっかくのチャンスだし、貯金を切り崩しながらがんばってみよう。仕事できなきゃ学校行って、どうしてもダメなら帰国すりゃいいや。最初は本当に、そんな軽い気持ちでした。

ところが実際にヌーヨークに住んでみると、日本で見ていたヌーヨークとはまるで別の国のよう。「こんなことありえね〜!」「こんな面白い人がいる〜!」と驚きとおもしろ事件の連続。こんな街だなんて、誰も教えてくれなかった。いかん、友達に報告せねば!と興奮しっぱなしでした。と同時に、何もかもわからない街で私は本当にあっけなく孤独になりました。言葉の通じない異国では、最初の3ヶ月が相当つらい。過去の体験でそれを知っていたからといっても、痛みがやわらぐわけもなく、嵐が去るのを待っているような状態がしばらく続きました。

すぐに、書きたくてたまらなくなりました。どこかに吐き出さないと頭がおかしくなるのではないか?と真剣に悩むくらい、激しい衝動に自分がコントロールできなくなりました。なぜなのか、今でも自分でわかりません。でも今までそんな体験は一度もなかったし、ふんぎりつけば渡米を機にライターをやめてもいいかも、なんて漠然と考えていた自分がそんな気持ちになるなんて、不思議なものです。

日本にいた時は「プロなんだから中途半端にやりたくない。読んで役に立つじゃないと発表する意味がないし、仕事関係の人が読むことを考えると恥ずかしいもの作れない」みたいな気持ちがありました。実際にこのHPを読んでいる方の中には「ヌーヨークのことをたいして知らない人が、恥ずかしげもなくサイトを作るなんて」と感じた人もいると思います。当然です。でもヌーヨークでの私はそんなことはどうでもよかったんです。

世間に発表したい!とか、メジャーになりたい!とかそんな野望がないといったら嘘になりますが、それ以前にとにかく外にはき出して楽になりたかったんですよね。本当に面白いくらい、筆が進みました。それはヌーヨークが日常になった途端にパタリと消えてしまいましたが、それでも書きたい気持ちは日本にいた時よりずっと強く感じます。

何はともあれ、充実した1年でした。まったく仕事ゼロの状態でヌーヨークに来て、すぐに連載をもてることになり、企画を売り込んでインタビューのページが取れたり、最後には40ページのヌーヨーク特集も任せてもらえました。この街のことをほとんど知らず、コネクションもなく、英語もまだまだという状態だったことを考えれば、まあヨシとしましょう。渡米時の目標だった「英語で人物インタビューする」も出来は別として、とりあえず実現できたしね。

ここまで私が来れたのは、本当にいろんな人に支えてもらったおかげです。厳しいヌーヨークの街で、怖い事件に何ひとつ会わず、幸せな出会いばかりに恵まれた私は心からラッキーだと思います。ビジネス的には大赤字で、文字通りスッカラカン。この歳でこんなド貧乏になるとは予想もしてしませんでしたが (笑)、こんなにいい思いさせてもらったんだから裸一貫でリスタートものぞむところです。

私の渡米を応援してくれた東京の皆さん、せっかく「がんばって〜」と言ってくれたのに、こんなに早く帰っちゃう私を許してね。お餞別泥棒と呼ぶなら呼ぶがいいさ! そのぶん丁稚奉公させていただきますんで、いつでもお呼びだてください。いいネタいっぱいありまっせ。それから家族ぐるみで応援してくださったP家のみなさん。ご恩は一生忘れません。これからも自称長女として長いおつきあいをよろしくお願いします! 一番最初にヌーヨークで仕事をくれたMさん。長いつきあいですが、あなたにはいつも大事なところで助けてもらっています。ありがとうございます。

私のつたない企画書に賛同してくれ、ムック本を作らせてくださったN社およびS社の皆さん。ヌーヨーク生活数ヶ月という私に大きなチャンスを与えてくださった太っ腹に感謝です。一度もお会いしたことがなかったのに、私の熱い気持ちに共鳴してくださり、仕事だけでなく、なんとアパートに居候までさせてくださったライターのAさん。あなたに出会えてよかったです。慣れない仕事で手際の悪い私に、辛抱強くつきあってくださったカメラマンの皆さん。プロの仕事とはこういうことなんだな、と痛感しました。感謝です。

多忙にもかかわらず快く取材を承諾してくださった俳優のYさん。猛吹雪のなか時間どおりに来てくださっただけでなく、3時間もたっぷり語ってくれて、本当に実り多いインタビューでした。原稿をほめてくださった時の感激は今でも忘れられません。

そして、ヌーヨーク生活最高の思い出になった〈泥酔ハウス〉こと現アパートのみんな。楽しい毎日を本当にありがとう。たった3ヶ月だったけど、みんなはもう家族みたいなもんだよ。いっぱいの愛をありがとう。離れるのは身を切られるようだけど、また会えるって信じてるからね。

こんな歳でこんな無謀なチャレンジをしてしまった放蕩娘を、心配しながら笑って海のむこうへ出してくれた家族のみんな。本当にありがとう。しばらくはいい子にします……たぶん。

ああもうダメだ、書ききれないので以下省略 (笑)。とにかくささやかな幸せを、かけがえのないものに思えた1年でした。人生は幸せを感じた者勝ちだな、ということを知るための大事な時間だったと思います。いろいろあったけど、最高に面白かった!

さて、7月からは「住所不定無職」生活の始まりです。30代でここまでスッキリ何も持ってないというのが、こんなに爽快とは思わなかったな。ホント。それもこれもヌーヨークに来たおかげ。いい転機を迎えました。

「NY在住ライター」ということでこのHPに来てくださった皆さん。ヌーヨークでなくても、まあとりあえずつきあってやるか〜という方は、今後とも時々遊びにおいでませ。時間切れで書けなかったヌーネタもまだまだありますし、このたびあきえだどっとこむヌーヨーク特派員が何人か誕生しましたので、最新情報もまじえつつ今後もつぶやいていこうと思っております。イノキはいないけど、これからは「@NY」でなくて「@World」てな意気込みで、楽しいこと面白いこと、いろんな場所で見つけていきたいです。

また長くなるのは私の悪い癖。失礼。それでは、また会いましょう。ひとまず感謝とご挨拶まで。

                                            LOVE & PEACE

                                             アキエダユミ