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ヌーヨークで精一杯がんばれたと思ったら、自分にごほうびをしよう。
この春に帰国を決めた時、なんとなく考えていたことだ。思い返してみれば、ヌーヨーク行きを決めてから準備の1年間、渡米してから約1年、トータル2年間心が安まることがなかったように思う。特にヌーヨークに来てからは、慣れない街での仕事、英語との格闘、なじみのない生活習慣ノ毎日が精一杯で、脇目もふらずに突っ走ってきた。それに、少しでも長くいたいと思っていたから、大切な軍資金を切りつめて切りつめての清貧生活。贅沢は敵なり。まあ、東京でも無縁だったけど。
こうなったら帰国前にパーッとごほうびだ!といっても何しよう? ぼんやり考え始めた頃、取材で知り合ったSallyさんから「実は先日ごほうびでブルックリンのB&Bに泊まってきたんですよ」と言う話を聞いた。おお、ヌーヨークに住みながらごほうびで宿に泊まるとは大人ですな!と思っていたのだが、めぐりめぐってそのB&Bザ・ワンハンドレッドに取材する機会があり、ひとめ惚れしまった私はその場で予約をお願いしたのだった。
ザ・ワンハンドレッドはブルックリンのアトランティック・アベニューという、マンハッタンから電車で15分ほどの便利な場所にあるB&Bだ。B&BとはBed&Breakfast、つまり朝食つきの民宿で、ホテルよりアットホームなところが多い。ワンハンドレッドも客室はわずか5室とこぢんまりした宿で、閑静な住宅街にあるため、駅から近いわりに騒音もほとんどしない。ヌーヨークには築100年以上の建物がザラにある、という話を以前したことがあったが、この宿も築150年以上の邸宅を改装したもので、当時のままに保存された貴重な邸宅としてヌーヨークのランドマークにも指定されている。
1階にあるビクトリア調のクラシックなパーラー(客間、応接室)をはじめ、館内はシックで落ち着いた雰囲気だ。ところどころにエスニックな雑貨がさりげなく飾られていて、旅心をくすぐる演出が心にくい。それもこれも旅好きでアーティストの日本人オーナー・yokoさんのこだわりだ。
世界中を旅して絵を描いてきたという陽子さんは、「アトリエで絵を描きながら、いろんな人と旅の話ができたら」とこの宿をオープンした。旅慣れているだけに「タオルはこうでなくちゃ」「ジュースはしぼりたてじゃなくちゃ」「紅茶はおいしくなくちゃ」などなど、とにかく徹底している。私も「うお〜、こんなところでこんな気持ちいいタオルに出会えるとは!」と、ひとりで感激してしまった。
「顔写真を撮るなら3ヶ月時間をください。エステに行かなくちゃいけないから」と、やんわりと撮影を断れてしまったが、yokoさんはショートカットの、笑顔が素敵なほんわかした女性である。オープンの数日後にあの911の事件が起きてしまい、しょっぱなから厳しい局面に立たされてしまった彼女だが、「あれを経験しちゃえば怖いものはないですよ」とカラカラと笑っている。(追記:それから2年後、ひょんなことから彼女とインドを旅することになったのだから、縁とは不思議なものだ…)
そんなyokoさんの粋なはからいで、なんとスイートルームを空けてくださるという。そして一言。「自分へのごほうびなら、ティファニーでワイングラスを買って、お部屋で地元産のワインをいただく…というのはいかが?」 私のようなただれた人間には月面宙返りしても発想できない、すばらしい提案である。というわけで、私が最も無縁の場所・五番街のティファニーへ行き、一目惚れしたワイングラスを購入。ロングアイランド産の赤ワインを手に、スイートルームへなだれこんだのだった。
仕事でも、旅行でもなく、初めて泊まるひとりきりのスイート。窓の外にはビル5階建ての高さはあろうかという巨木が見える。樹齢400年以上というから、アメリカの歴史が始まる前からここにある木だ。一体に大きな木陰を作っているその木から、ざざざあ、ざざざあ、と波のような音が聞こえてくる。風の音を聞くなんて、いつぶりのことだろうか?
…なんつって気取ってはいるが、実際は美しい部屋に落ち着かず、ソワソワ部屋中を歩き回ったあげく、ノートパソコンでルームメイトに写真を送ったりチャットしたりして遊んでいるうちにあっちゅー間にバッテリーがなくなり、「今夜はたまった原稿を書こう」と思っていたので本もCDも何も持ってきたなかったもんで、夜9時頃にはやることがなくなり、どうしましょ〜とウロウロしている間に酔っぱらって爆睡。気取って窓おっぴろげて風の音なんぞ聞いていたせいで蚊が侵入。かゆくて明け方目が覚めた。ああ、スイートが似合う大人になりたい。
ヌーに来た人はご存じだと思うが、マンハッタンのホテルというのはとにかく高い。そして狭い。手頃な値段でそこそこ快適な宿、なんてヌーの人に聞くと「あんたアホか」と鼻で笑われるに違いない。そういう街でこのワンハンドレッドは貴重な存在。めぐりあった私はラッキー。常宿にしたい宿である。
★☆ ザ・ワンハンドレッド The One Hundred ★☆
http://www.theonehundred.com/
 
▲(写真左)シックな雰囲気のパーラー(客間)。古いものっていいなあ、と思わせる趣。
▲(写真右)窓から見える、樹齢400年の巨木。上から眺めると、まわりの住宅がこの木を守るように不自然な形をしているのがよくわかる。こういうのって、なんかいいよね。
 
▲(写真左)スイートルーム(にいる私)って、なんてワインが似合うんでしょう。ごめんなさいねえ、贅沢しちゃって。
▲(写真右)宿には営業部長と副部長のワンコがいて、お客さんが来るとトコトコトコ〜と現れて、パーラーのソファで「接待」してくれる。ついでに言えば、「あんた誰?」と高貴なオーラを醸し出しているニャンコもいる。お客さんはきちんと謁見するのが礼儀である。
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